第250回 一寸先の闇とニチメン日商<9/9> 今週月曜日の朝は、やや暗い始まりでした。先週末の日米市場の場味を引き継ぎ、買い注文が急減したのです。ところが、始まって30分もしないうちに日経平均が戻し始め、主力銘柄の株価もあっという間にプラスに転じました。 あまりに早い基調転換に、公的資金が買いあおったのだという観測が一部に流れましたが、その真偽はいまの場合重要ではないと思います。悪い相場なら、公的資金が買いあおっても小気味のいい基調転換が起こるはずがありません。いっときに比べて本質的な売り圧力が格段に少なく、買いたいというマインドが潜在しているからこそ起こる現象だと前向きにとらえるべきでしょう。 株価の一寸先は闇です。今週月火の平均株価や個別株価(ニチメン日商の3日で100円高)のような明るい方向への急変もあれば、その逆の暗転もあります。3年前のネットバブルでは、能力も資産も普通の人が光通信の信用買いであっという間に数十億の資産をつかみ、それ以上にあっという間に一文無しに転落するのを間近に見ました。ある日突然、顧客が大量に保有する会社が倒産し、担当者がうめく光景は日常茶番事です。 そのような一寸先さえも定かではない世界で、証券マンのほとんどは自分の予想が他の人より当たると思い込み、そのことにプライドを持っています。しかし、私の経験では、証券マンの予想は当たらないことのほうが多く、むしろ顧客のほうが当たることが多いと思われます。極端にいえば、証券マンがプロたるゆえんは、予想がはずれても、自信満々の態度を保つ厚かましさにあるのではないかと思えるほどです。 私もときどき、自分はなぜこの仕事をしているのだろうと思います。顧客に見通しを聞かれて答えるとき、あるいは顧客に聞かれもしないのに自分の予想を述べるとき、もっともらしく述べてみても、所詮は当たるも八卦の単なる予想に過ぎないのにと自己嫌悪に近いものを感じることがあります。 しかし、だからといって、結論のはっきりしないことを述べてばかりでは、私たちの仕事はなりたちません。基本的に、私はこうしたらよいと思いますと明確に自分の見解を述べ、それに対してあなたはどう決断するのですかと問題提起する必要があります。そのプロセスなくして、我々外務員の存在意義はないといってよいでしょう。 一寸先は闇と分かったうえで、いかに毅然と予想を述べ、当たっておごらず、はずれてくさらず、いかに進取に次の局面への対応を考えていくか、単なる御用聞きではない証券マンに求められているのはこの点だと思います。 ニチメン日商が今週に入り急騰しました。私の顧客のポートフォリオにはほぼ軒並み入っており、資産に対する構成割合が違うだけです。 今日は、ひとりの顧客で寄付きの売り気配を買うという冒険にチャレンジした一方、午後の520〜30円で若干の売りを出しましたが、基本部分では静観に徹しています。 すなわち、普通の顧客にはなかなか買いを勧められないタイミングではあるものの、売ってしまいたいという水準とも思えません。私には、ニチメン日商の株価は長期的にはまだ5合目以下、年内程度の短期で見ても7合目と思えてなりません。 ニチメン日商の妥当株価を相当に高く見積もる根拠は以下の通りです。
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第249回 2つの回復<9/3> 今朝の日経平均は1万800円に乗せています。3カ月前には絶望的な壁のように論評されていた1万円が、いまや下値抵抗線のようにさえ思えてきます。 今週月曜日は、まさにハイテク一段高の一言に尽きる一日でしたが、昨日から今日にかけて活躍が目立つのは大手銀行株です。 世界的には、5月からの金利上昇に伴い、金融株は軟調です。景気回復を期待して株価が上昇し、債券が下落している以上、半導体や素材産業など景気敏感株が買われ、銀行など金利敏感株が売られるのは自然な成り行きです。 それなのに、日本では銀行株がハイテク株と争って上昇を続けており、日本株のパフォーマンスが米欧より高い一つの要因になっています。 この現象をどう考えるかについてはいろいろな説明ができますが、ずばり一言でいえば、日本の銀行株、特に大手銀行株が「ジャンク債」扱いになっていたからというのが本質的な理由だと思います。 金利が上昇すれば、国債や一流社債の価格は下落しますが、すべての債券が下落するとは限りません。金利上昇が経済の好転を意味する、つまりよい金利の上昇なら、不安感でめちゃくちゃ高い利回りまで売られていたジャンク債の中には、むしろ値上がりするものも出てきます。 ここにきて、GS証券の推奨が示すとおり、三井住友とUFJの株式が、投資家や証券会社の認識において「ジャンク債」扱いから「投資適格銘柄」に復帰しつつあるといえます。その点、みずほは「投資適格」にはまだまだですが、りそな同然の状態から徐々に格付けが上昇中であることは確かでしょう。 日経平均の前場終値は、押し戻されて2円高の10,692円でした。もみ合えばもみ合うほど日本株の先行きは明るくなると考えていますので、足踏みは大歓迎です。 4月末以降の日本株の上昇を支える最大の要因が、中国経済の活況持続と米国を中心とする世界景気の好転期待であることは疑いありません。その結果、ハイテクや素材市況関連株が日米とも好調な動きとなっているわけですが、日本株の場合、前述のように銀行株に象徴される金融システムへの悲観の修正高という、いわばボーナスポイントがついた形になっています。 言い換えれば、日本株の場合、2つの回復、景気回復と金融の回復(不安の後退)が密接不可分にからまっており、過去10年間のデフレ・スパイラルの歯車が逆転し、好連鎖に転換しつつあるといってもよい状況ではないでしょうか。 今朝の銀行株高の1つのきっかけとして、生保の保有株の含み損益の改善が伝えられたことが挙げられます。特にみずほにとっては、朝日生命の経営安定はまさしく死活問題のレベルでしょうから、分かりきった事実でも報道されてあらためて安心感が高まったものと考えられます。景気回復期待で、事業会社株が買われ、株価上昇により金融株への安心感が蘇る、まさに好連鎖です。 後場に入り、日経平均は下がり続けています。顧客から、17万円のみずほ株は売り時かと相談がありましたので、私は「目先のことは分かりませんが、現在の株高が本物なら、みずほがボロ株のまま終わるはずはないので、将来的には20万円台が当たり前になる」のではないかと答えました。 今回の上昇相場では、買う相談より売る相談のほうが圧倒的に多いことに特徴があるようです。責任逃れのようですが、顧客に売り時かどうか聞かれたら、「○○さん、日経平均1万円が高すぎると思われるなら、すぐ売ったほうがよいですよ」と答えることにしています。 現在の株高、すなわち2つの回復が本物かどうか、はたして歴史に残るような転換点になっていくのどうか、それを最終的に判断するのは、外務員の私ではなく、お客様ご自身だからです。 |
第248回 めくるめく日々<8/27> 昨日の日経平均はわずか55円高でしたが、私にとっては500円高でした。 午前中の全面見送り商状が午後にかけて一変、鉄鋼株の急反発、ニチメン日商の動意、直近の注目株である日本電波工の一時ストップ高による2000円突破など、願ってもない状況が現出しました。 後講釈では、慎重な姿勢に定評のあるドイツ証券の佐藤アナリストが相場全般に対する強気レポートを発表したことがきっかけだと報じられていますが、私はそれ以上に相場の自然なリズムが相場好転につながったと考えます。 ただし、佐藤アナリストの相場観はともかく、半導体業界についての前向きな評価については、その分野では第一人者の見方だけに大いに耳を傾けるべきだと思います。 いずれにしても、昨日の相場は、私の見るところ現在の3大有望テーマである@鉄鋼を代表とする素材市況関連、A銀行やボロ株などかつて(?)の国内信用不安関連、Bハイテク関連の一部(割安感のある好業績銘柄)がてんでばらばら、思い思い、しかし同時進行的に買われ、全体としては選別色の強い展開となりました。 今朝の相場は、昨日よりは全面的に堅調な始まりとなっているものの、基本的に昨日の傾向が続くと考えます。 書きかけで後場に入りました。ニチメン日商が400円台をつけたり、日軽金の続伸などで、私の顧客の資産は計算するまでもなく今日も平均株価を大きくアウトパフォームしています。いいことばかり書いているようですが、実は失敗もあり、今朝はTOWAの減額修正にあ然としてしまいました。これも日本電波やホシデンなどと一緒に最近勧めていた銘柄で、今日はストップ安を覚悟しましたが、幸いにして買ってもらった株数が比較的少量であった他に、ふだん出来高の少ない東京市場にまずまずの買いが入っており、前日比20円安で寄り付き、ことなきをえました。 本来、1年や2年の業績で株価を決められるはずがないというのが日頃の考えですが、現在進行中の相場は業績に神経質な傾向がまだ当分強く続くと考えられる以上、せっかくの積極資金を投下しても効率が悪くなる可能性が高い業績減額修正銘柄は、なるべくドライに見切売りを出すとよう努めています。 ひところと違い、顧客の心理に余裕があるので、勧めれば損切りも可能な状態で、持ち株の整理も順調に進んでいます。顧客によっては依然、利益が出たものは売りたいが、損なものは売りたくないという人がいますが、その場合でも、節税のため益に併せて損を出しましょうと提案すると、ほとんどの場合にOKが出ます。 必要性の薄い売買はなるべく避けたいと思っていますので、最近の手数料はそれほどでもありませんが、顧客がもうかれば必ずやビジネスも太くなるという信念のもと、将来については明るい気持です。 日本株の大勢波動が陽転したことは、ますます確実なものになろうとしています。幕末でいえば現在はまだ鳥羽伏見の戦いより前、大政奉還前夜の状況ではないでしょうか。浮かれず騒がず、このめくるめく日々を大切にしていきたいと考えています。 |
第247回 けんけんがくがく<8/20> 今日は朝から日経平均がプラスになったりマイナスになったり、相変らず神経質な動きです。「上がるなら上がる、下がるなら下がるで、どちらかはっきりしてほしいよ」という声も聞こえますが、私は大歓迎です。 終値で日経平均が1万円を回復した次の日、昨日の朝のTVのインタビューで、「いまの株価は間違っている、年末は9000円から8500円だ」と言い放っていた外資系のストラテジストがいましたが、私はその勇気に感心しました。 日本の証券界では、弱気のことを言うと袋叩きにあう伝統があります。昔の相場師でも、買い方に甘く売り方に厳しい評価が当たり前で、近年でも大物売り屋と噂されたE氏につては陰険そのものと評価されがちです。 しかし、それ以上の「伝統」が「みんなで渡れば怖くない」です。 バブル崩壊後、日本でも売りヘッジの手法やカラ売りが一般化し、弱気意見の方は市民権を獲得し、ドイツ証券の武者さんが弱気を言っても、ぐうの音も出ない風潮になっています。たかだか数ヶ月前は、ほぼ全員が弱気で、それこそ強気意見を言うのに勇気がいる状況でした。 数ヵ月後のいま、ほぼ全員の意見が「やや強気」に変化しており、明確に弱気意見を言う人は激減しました。私の思うところ、現在は明確に強気を言う人も少なく、大多数が弱気ではないものの、自信を持って強気を言えるほどでもないところに収斂してしまっているように思えます。 日々の売買は、相場観だけでなくその人の感性や資金性質で決定されるのはいうまでもありません。5月末以来、出来高が増加しているのは、様々な事情による弱気と強気ががっぷり組み合っているからに他ならず、たいへん喜ばしいことですが、日々の売買だけでなく、日々の言動のうえでも、弱気意見と強気意見ががっぷり組み合う風潮が望まれます。悲しいかな、議論とか対話の場が極端に不足しているのが、現在の日本の証券市場ではないでしょうか。 それは証券市場だけの問題ではありません。様々な意見がけんけんがくがくと表明され、かつがっぷりと組み合い、じっくりと議論されるような社会土壌を作っていくことは、本質的には、経済の構造改革と結びつく日本社会の重要課題だと思われます。 後場に入り、日経平均は1万300円台に買われてきました。三井住友が2万円高し、銀行株高をリードしています。 念のためいえば、私は中長期では小型中心に大変な強気、目先的にはほどほどの強気を一貫しています。私の注目株では、半導体関連のMARUWA(5344)が昨日のストップ高に続いて大幅続伸しており、大いに気をよくしています。 これまでの相場はリーズナブル(合理的)な傾向がますます鮮明化しつつあるようです。アライドテレシスのように相当に期待していた銘柄が、業績悪化により売られていますが、目先はやむをえないと納得できます。目下は、半導体関連中心に中小型ハイテクに注目しており、1銘柄だけ挙げるなら、日本電波工(6779)1400円台です。 |
第246回 様々な証券マン<8/13> 一昨日の午前中、顧客のTさんが「日経平均は9000円を割るぞ」といい、持ち株の一部を処分しました。皮肉なことに、その日の午後から主力株が堅調になり、今朝の日経平均は9600円台。Tさんのコメントは「これは、1万円抜ける動きだね」に180度変わりました。 Tさんは決して勘が悪いほうではありません。気風がよく、よくも悪くも典型的な順張り投資家なので、過去の上昇相場では大戦果を上げたこともあります。 ただし、今回の相場ではTさんは、弱気と強気が完全に裏目に出ています。7月初めのように市場に熱気が漂うと超強気になり、先週から一昨日のように市場にしらけムードが漂うと、売却を考えポジションを縮小してしまうのですから、今回の相場でうまくいくはずがありません。私は口を酸っぱくして「平均株価については、そういちいち上だ下だと白黒を決めないで、柔らかく考えたほうがよいのでは」と進言しているのですが、聞き入れてもらえません。 Tさんは顧客ですから、相場観が狂っても、自分自身が損をして責任をとればよいだけです。その点、我々外務員は、我々の言動が直接間接に顧客の判断に影響を与えるので、裏目に出れば、他人にばい菌を撒き散らすような結果になってしまいます。 手前味噌ですが、我々の仲間、すなわち歩合外務員は、社員営業マンに比べて、比較的に(あくまで比較的にですが)ノーマルな判断力を持った人が多いのではないかと思われます。 社員には、Tさんに輪をかけて順張り、というより市場ムードに付和雷同して場当たり的なことを言いまくり、長年にわたり顧客に無残な損失を与え、顧客をつぶし続け、しかも自分は株に詳しいと自惚れている鼻持ちならない人間もいます。転勤や顧客補充のない歩合営業マンなら、すぐに行きづまりです。 判断力に問題のある証券マンを大別すると、 @無気力型・・・・日経新聞さえ読まない(相場観以前) A思い込み型・・・・自分の考えにはまり込んで、状況を客観的に見ようとしない(思い込みの相場観を人に押しつける) B付和雷同型・・・・まわりのムードに流されているだけ(相場観なし) Cそう鬱型・・・・気分によって言うことが変わる。あるときはものすごく自虐的、あるときは自分の過去の成功を針小棒大に吹聴する(相場観が伸縮) D官僚型・・・・同じ銘柄をある顧客には買わせ、別の顧客には売らせる(相場観不要) 以上は、ざっと思いついたところですが、自分自身はどの項目にも関係ないかというと、なかなかそうもいい切れないようです。多かれ少なかれ、どの項目について考えても苦い過去の記憶が思い浮かびます。 午後に入って、日経平均は9700円台に完全に乗ってきました。ほぼ全体的にまんべんなく上昇しており、焦点がはっきりしないようにも見えますが、四半期決算を発表したUFJが7月高値に肉薄、やはり四半期の数字がよかったNECが高値まで50円と迫っていることに示される通り、よくも悪くも業績数字に強くこだわっている傾向が続いていることは明らかです。 低PER好業績の川崎汽船が大幅続伸しているほか、鉄鋼でもJFE、新日鉄、東京製鉄などが新高値を更新となりました。自分の持ち株がたとえ今日のところはまだ動きが鈍くても、好業績かつ割安を確信できるなら、迷わず持ち続けてよい局面と考えます。ただし、さらに資金余力があるなら、自分の持ち株にこだわらず、新しい銘柄を買い増してよい局面と考えます。現在、我々が直面しているのはおそらく、期間のうえからも、銘柄のうえからも、すそ野が広く巨視的には規模雄大な相場であると考えるからです。 |
第245回 明と暗の混在<8/6> 1週間前の前回、日経平均9800円を出たり入ったりと書きましたが、今朝の寄付き後は9300円を出没の動き、まわりでは1万円突破の期待感どころか、追証の可能性さえ出てきて、一転暗い雰囲気に包まれています。 私も、昨日の午前中は、新日鉄や日軽金などが高値更新で非常に気をよくしていたところ、午後につるべ落としの反落、まさに明から暗への急変でした。 昨日196円まであった新日鉄が今日は182円、205円まであった日軽金が189円で、値動きだけ見ればまるで大天井を打ったような動きですが、私はそれほど気にしてはいません。新日鉄はともかく日軽金はもともと210円やそこらで売る気はなく、まだ長い保有を覚悟しているのですから、所詮は途中経過に過ぎません。 (日軽金はたしか明日四半期決算を発表するので、その内容次第では目標を下方修正するかもしれませんが、200円台での活躍を期待しています) 今回の相場の特徴の1つは、明と暗の混在です。 年金好みの優良株と中低位系の多くの銘柄とでは年初来のパフォーマンスが月とスッポンで、その結果、顧客のパフォーマンスに明暗がはっきり発生しています。また、同じ業種の同タイプの銘柄でも、騰落率に大きな差が生じています。中低位株だからといって、一律に大幅上昇しているわけではありません。業績数字の発表によって、過剰反応といえるほど明暗が大きく分かれるのも現在の特徴です。 かつての二極化が、明と暗の境界線がだれにでもすぐ分かるほど明確だったのに比べ、現在の明暗の境界線はそれほど定かではありません。同じ赤字決算の発表のハイテクでも、アンリツと富士通など他の銘柄では大きく明暗を分けました。 明と暗がまだら模様に混在することにこそ、現在の相場の本質的特徴があると思われます。 思い起こせば、93年の相場がまさしくそうでした。93年の3月から翌94年6月にかけては、バブル崩壊後で相場堅調が1年規模で続いた3回のうちの1回ですが、あとの2回(95年と99年)が平均株価がきれいに右上がりになっているのに対し、非常にぎくしゃくとした上昇相場で、途中でほぼ往ってこいの急落を含んでいます。 銘柄別に見ても、最初の1か月はNTTが約2倍の急騰で全体をリードしたにもかかわらず、その後は下落に転じ、初期を除けば期間中の大部分で中小型株のパフォーマンスが圧倒的に有利な結果となりました。 当時と現在の共通点は、崩落からの出直り相場だということです。株価が大底を打ったのではないかという認識がある一方、実体経済はむしろ悪化が目立ち、「理想買い」と「現実売り」がせめぎ合う中、直近に株価の下落でこっぴどく痛めつけられた投資家の心理は疑心暗鬼に揺れ動きました。 93年の推移を単純に当てはめれば、今回も7月初めに猛烈に買われたハイテクや金融の主力株はすでに天井をつけたということにもなりかねません。 しかし、諸条件が現在とは様々に異なる当時の現象をそこまで図式的に当てはめるのが無意味なことはいうまでもありません。私見では、すでに天井をつけた銘柄は上場銘柄全体を見わたしても数少ないと考えます。ただし、私が申し上げたいのは、今回の相場は原理的に強気一方の相場にはなりにくく、ましてやバラ色の全面高なんか簡単に訪れるはずもなく、基調はつねにまだら模様に推移するだろうということです。 書きかけで午後の相場に入りました。日経平均は20円安に戻っています。まわりの雰囲気は少し明るくなりました。相場に一喜一憂はつきものかもしれません(つまり、みんなが泰然自若としていたら、日々の株価の動きはつまらないものになるでしょう)が、現在の相場は一喜一憂しても何もならないと強く感じます。 おそらく我々はいまエポックメーキングな日々を過ごしているのだと思います。古い話ですが、昭和40年の証券不況後の数年間は、結果的にはソニー(家電)や大和ハウス(住宅)に代表される時代に即した銘柄を買ってじっと持っていれば、他にはなんにもしなくてよかったのです。(資料によれば、それらの銘柄は3〜4年にわたって毎年3倍位上昇しています。新日鉄のようにまったく横ばった銘柄も数多くあります)もちろん、現在は当時のように単純に時代に即した銘柄を抽出できるはずもなく、数十倍になることも難しいかもしれませんが、少なくとも、時価から数倍になってもおかしくないと思えるほど魅力を感じる銘柄に投資したいものです。 投資採算(自分の中のソロバン)から魅力的だと思う銘柄を買って、あわてず騒がずじっと持ち続けること、それこそが現在の相場への最善の対応法だと私は思います。 |
第244回 不景気の株高<7/30> 現在進行中の相場が「不景気の株高」すなわち「金融相場」として育ちつつあることは疑いありません。 「不景気の株高」とは景気回復に先立つ相場のことです。株価が景気を先見するのか、株高が景気回復の作用するかの議論もさることながら、意見が大きく分かれるのは、「不景気の株高」とはどのような相場様相を呈するのかということです。 従来型の証券マンに多いのですが、かなり多くの人が、次の来る「業績相場」を業績重視の相場として受け止め、「金融相場」に対しては業績や景況を無視して無茶苦茶に吹き上がる相場というイメージを持っています。 しかし、実際はまったく逆です。古い話ですが、昭和40年不況や第一次オイルショック後に来た相場は、全体としては地味な業績や成長性重視の相場です。その中で上げっぷりが目覚しかったソニーや大和ハウス、あるいは江崎グリコやビクターなどを仕手株同然に感じた人は多かったのですが、実は客観的に見て上がって当然の内容がありました。 バブル崩壊後は、完全な形での景気回復相場はもちろんないのですが、93年(金融相場型)と95〜6年(業績相場型)を比較した場合、前者が業績や成長性にセンシティブなのに対し、後者は時間の経過とともに業績や内容に鈍感・無視の傾向が強まり、最後は兼松日産の5000円に代表されるボロ株の素っ高値で幕を閉じました。 「金融相場」が業績に敏感な相場であり、「業績相場」が業績に鈍感な相場であるという事実は、一見逆説のようでも、人間の心理からは当然の現象として把握できます。 眼前に経済の停滞や企業の行きづまりをいやというほど見せられて、株ならなんでも買いたいというような鷹揚な投資の仕方ができる人はなかなかいないでしょう。株を買うことが怖すぎると思う人が多い中で、あえて投資するわけですから、当然ながら銘柄ごとに厳しい値踏みをへて投資する人が買い方の主流になるはずです。 だから、今年のこれまでの経過で、非常に強い動きをしている銘柄の多くは、ムードや何々会の決定などではなく、全国いや世界中の投資家の厳しい銘柄選別をへたうえで買われてきた銘柄群であるということがいえます。 その点、ごく少数のアナリストの評価によって画一的(ほとんどミーハー的)な投資行動をする機関投資家主導の相場に比べ、現在の相場状況は、様々な銘柄が雑然と買われ、合理的な秩序がないようでも、実はよほど高いレベルの知恵と決断が結集されているといえます。 いま朝の10時、日経平均は9800円を出たり入ったりの推移で、いつになったら1万円を突破するのかと気をもむ人が回りにも多いのですが、私はそんなことよりどの銘柄がより魅力的か?ばかりを考えています。 景気敏感ということで、セクターとしては機械が魅力的なのでしょうが、残念ながら銘柄を絞りきれずにいます。その点、鉄鋼・非鉄では銘柄に不自由しません。 目下の注目は、非鉄で日軽金、電炉で東京鉄鋼、中山鋼です。 やや長い眼で、ニチメン日商や小型割安株に強気しているのはいうまでもありません。 |
第243回 リーズナブル志向<7/24> 株価形成には、様々な理不尽がつきものです。 特に従来の日本の株式市場は理不尽な点が多かったと私は思います。バブルが崩壊する前は、総会屋に配られた三菱重工のCBが理論値を無視して額面の2倍超で初値をつけるなど、大手証券による露骨な相場操縦がまかり通っていました。 そのため、日本人投資家の多くに、株価は人為的に操作されるものであり、寄らば大樹の陰で、うまいことして操作するほうに付けばもうかるという意識が沁みついているようです。仕手株のプロデューサーとして名高いK氏も、二十数年前に旗揚げした頃は、たしか大手証券の横暴から個人投資家を救うというようなことを標榜しており、いまもそのモットーで活動しているのでしょうが、銘柄個々の投資価値を無視して、勇ましく買い上がることに力点があることでは、昔の大手証券と変わらず、それに付く投資家や証券マンの姿勢も自分自身の意見で投資判断をしようとしていないという点では昔のままと感じます。 もっとも、米国市場でも、有力証券のアナリストが格上げすると、それだけでワーッと株価が上昇する傾向があるので、寄らば大樹は日本人だけの特性ではないかもしれません。ただし、米国の場合は、様々な意見がぶつかり合う投資家の層の厚さがあります。ワーッと行く人がいる一方、自分の意見でナニクソと反発する人がいます。日本の場合は、反対行動をする人は少数で、市場が強気弱気のいずれかに極端に傾くことがしょっちゅうですが、90年代以降の米国市場はネットバブルを唯一の例外として、つねに弱気と強気が伯仲しており、テロ事件時に証明された通り強靭な市場構造になっています。 様々な意見がぶつかり合うことが市場の活力の源であることはいうまでもありません。そして意見のぶつかり合う焦点は、日経平均はいくらが妥当かというような抽象的な議論ではなく、ひとつひとつの企業に対する、自分が株主になりたいと思う値段はいくらか? という次元での具体的な評価であるべきと私は考えます。 投資とは何か、株を買って株主になるということはどういうことかについて、最近でこそ議論がなされるようになりましたが、まだまだ日本では悲しいほど議論の土壌が不足していると思います。 株を買うことは、ディーラーや超短期売買を目指す人を除き、多くの投資家にとって株主になろうとすることであるはずです。そして株主になるということは、金持ちが余裕のカネで他人の企業のタニマチになって自己満足することなんかではなく、ある企業の持分をある価格で取得することにより、自分の資産を最大限に効率よく運用する試みにチャレンジすることだと私は考えます。(というより、そのことにしか資本主義的な意味はありません) ところが、日本のきわめてオーソドックスな株式観は、「株は売り買いするもの」です。あるいは、せいぜい「長く持っていれば損しないもの」です。 私はその2つの常識のどちらにも反発を感じます。前者が「売らない限り利益が出ない」という発想であるのに対し、後者は「売らない限り損しない」という発想で、要するに根は一つで、本当は資本主義以前の前近代的な考え方です。 資本の効率を重んじる考え方が徹底していれば、売らない限り損益が発生しないという馬鹿な考え方が常識になることはないはずです。証券マンの安易な回転売買がはびこったり、逆に高値づかみのNTT株をじっと我慢して抱いていることが株式投資だというような風潮が形成されることもなかったはずで、もっといえば、銀座の土地が利回り採算を無視した高値をつけることもなく、NTT株が法外な高値で売り出されることもなかったはずです。 株を買うということは、その企業の持分をその価格で持つことが、様々なリスクを考慮したうえで資産効率上最善と判断することです。 株を持ち続けるということは、その企業の持分の価値が株価の時価に比べて依然として魅力的と感じることです。もし魅力を感じないならば、買値がいくらかなどは二の次三の次にして売却を考えるべきだと思います。 もちろん、市場には様々な投資家がいてよいわけですが、そのような本来的な投資家が多く存在して初めて株価が企業の評価をリーズナブルに映す鏡になるといえます。 私見では、今回の相場はこれまでのところ、過去のリバウンド局面と比べてリーズナブルな要素が強い展開になっていると考えます。 例えば、同じ業種だからといって業績や内容を無視して十杷一からげに買い上げられることが比較的に少ないことです。あるいは、7月初めのように行け行けどんどんのムードが高まるやただちに反省局面が到来していることです。 おそらく、この傾向は今後ますます強まると考えます。ラッパを吹き太鼓を叩くだけの従来型の証券マンが待望するお祭り騒ぎの相場は、来るとしてもまだずっと先のことになると私は思います。 |
第242回 忙中閑<7/16> 6月の終わりから7月初めにかけて大忙しの毎日でしたが、私にとって長い間コアストックだった合同製鉄が高値をつけたのが先週の7日(月)、主力ハイテク株がとりあえずの高値をつけたのが9日(水)で、先週も書きましたが、その日あたりを境に急に暇になりました。 5月末以降6月までは、悲観と楽観、強気と弱気が均衡し、出来高は多く活況だけど平均株価の上げ幅はそれほどでもないという理想的な地合いだったのが、7月に入って市場のセンチメントが強気に傾き、平均株価が急伸模様となりました。 それに対し私は、平均株価が大幅高のあとには速度調整必至、したがって主力株の追っかけ買いはしないというスタンスで臨み、ほぼ結果オーライとなりました。7月に入って買ったのは、横浜ゴム、ヤマト運輸みたいな安定株を除けば、マイナー市場の割安株だけです。もっとも主力ハイテク株を積極的に売却したわけではありません。調整一巡後はまたぞろ上値を切り上げるだろうという大勢観は堅持しています。 先月は久しぶりにまずまずの月収をえました。前月の手取額は10数万円、銀行の口座が赤残(借り越し)となり、このまま行けば株を売るほかないところまで追い詰められていただけに、天に向かって感謝したい気持です。 月収が多いと、家族との会話も和やかになり、すべてを余裕のある気持で見ることがでます。すると、仕事も不思議なほどうまく運び、個別株価の目先の上げ下げのような、本来は当たるも八卦的な予想も的中率が高くなり、ますますの好循環になってきます。 好事、魔多し。危険なのは、油断や思い上がりや思い込みです。いまは、あまり動かず、じっと相場を見つめて、平常心をなにより大切にしたいと思います。 忙中閑などと書くと、毎日の活況の中で日々の売買におおわらわの人は、この忙しいときに何をとぼけたことを言うかと思われるかもしれません。私も現在はおそらく10年に1度くらいの歴史的な瞬間に居合わせているような気がして、1日1日を絶対に後悔しないように過ごさなければ肝に銘じています。 毎週月曜日に顧客向けに出している相場観レポート(B5の簡単なもの)に、思い入れたっぷりに書いてしまった文章――(普段はもっと事務的に書いています) 「現在のような歴史的な転換点に位置しているかもしれない時期に、近年に染み込んだ常識的な感覚で目先の動きを判断することはきわめて危険です。目先の株価に振り回されず、あとになって振り返ったとき、結果がどうであれ後悔しないような形で、自分の投資姿勢を決めていきたいものです」 最後に1銘柄だけご紹介。昨日、コーナン商事(7516)の第1四半期を終えての説明会がありました。東証一部としては知名度がありませんが、ホームセンターとしては、5年前には第6位だったところ、ケーヨーやホーマックを抜いて、非上場のカインズに次ぐ第2位に成長。これまでは関西圏オンリーでしたが、今年4月から関東にも進出。増収増益で1株利益267円予想に対し2000円前後の株価はPER7.5倍、売上規模2000億円超に対し時価総額は300億円強に過ぎず、成長が今後も続くとすれば割安ではないでしょうか。 この銘柄に限らず、中小型株には相変らず魅力的なものが多く、やや大所でアデランスの他、MARUWA(5344)、日本医療事務(9652)、エクセル(7591)などを押し目買い候補と考えています。 |
第241回 右肩下がりの神話<7/9> 売るものは売り、買うものは買い、今日は久しぶりに暇なので、ややのんびりしたことを書きます。(先週の文章は気が立っていました) かつて日本には、土地は資産として安心であるばかりでなく、必ず価格が上がり続けるという神話がありました。特に頭を使わずとも、ともかく買って寝かしていれば安心でかつ知らないうちに値上がりしているという、土地はまさにローリスク・ハイリターン運用の代表でした。 その点、株には毀誉褒貶がつきものでした。私が若い頃、飛び込み営業をしていた頃、株屋と付き合うなというのが家訓だと、塩をまかれたり、水をかけられそうになったことが何度もあります。株に興味を示す人も、株をトトカルチョ同然にかんがえている人が多く、また証券会社やその社員の姿勢が資産運用とはほど遠い状況でした。電力株などを除いて配当を気にする投資家は少なく、株は短期に売るものだという考えがあまりにも幅をきかしていました。 いま思えば、バブルの高値は、土地神話と、株の魅力は売買益がすべてというきわめてギャンブル的な株式投資観と、内実がきわめていかがわしい「財テク」ブームなどが渾然一体になって合成されたともいえます。 証券不祥事に始まる90年代の日本株市場は、下げたとはいえ明るさがありました。阪神大震災で建設株が軒並み大暴騰するなど馬鹿陽気でさえありました。 それに対し、2000年春以降3年続いた下げ相場は暗かったですね。下げれば買いという過去の経験則がまったく通じない一方通行的な下落相場の中で、オーソドックスな投資家はまったく自信をなくしました。まず自信をつけたのは、売りから入るネットディーラーでした。次に自信をつけたのが、戻りかけるたびに機械的にヘッジ売りを出すことで大成功した金融機関の担当者でした。 日経金融新聞に、あるヘッジファンドの新運用方法として、先物を売り、1か月たったら上がっても下がっても清算して、損益分で増減した新しい担保でまた売れるだけの先物を売るという単純作業を積み重ねて、いわばカラ売りの複利運用がすごい利回りになっているという記事が出たのはまだ数か月前のことです。この記事は、平均株価の下げ基調が今後も続くという予見を前提にするような書き方がされていました。 日本株が右肩下がりに推移するだろうという予想は、昨年秋以降急速に多数意見になり始めました。今年4月の時点で、市場PERは18倍に低下し、配当利回りは国債の3倍近くという相対的な割安性がはっきりしていながら、「年金代行売り」というお題目に市場全体(私も含めて)が押しつぶされ、売り安心の状況が出現したのです。 私見では、日本株の右肩下がり(売り安心)は、債券の買い安心とエコノミストの景況悲観、不良債権悲観と結びついて、あっという間にまさに神話的な領域に達したと考えます。 神話は簡単には崩壊しません。恐るべきことですが、土地が高値をつけたのは、株が半値以下に下がってからさらに1年以上先の確か92年です。 したがって、右肩下がりの神話は投資家の心理の奥底に今後も長く残り、強気と弱気が入り混じり、簡単には強気一方に傾かない構造、すなわち市場出来高の拡大が今後も続くと予想します。 |